家庭環境・母親の愛がもっとほしかった【アダルトチルドレン】【PTSD】




彼女は、PTSD(心的外傷後ストレス障害、トラウマ)です。

彼女は、本を書けるレベルの波乱万丈な人生を歩んできました。

そのトラウマとなっている過去の一つをお話したいと思います。

彼女がこの世に誕生して間もなく、父親は母親の知人の女性をみごもらせ離婚。

彼女が幼稚園生になる頃に母親は再婚する。

彼女曰く幸せだと感じた期間はこの頃までだったようです。

母親が編み物を編んでくれたり、母親らしい愛情を感じたのがこれが最後だった。これは彼女が母親を独占できた最後の期間でもありました。

その後、突然引越しをして状況が急変します。

ここから経済的な問題だったのかは未だに分かりませんが、小学生になった頃から母親が忙しくなり彼女は孤独を感じるようになります。

彼女は、寂しさから母親の仕事に付いて行く日もあったようですが、仕事が終わるまで車の中でよく待たされていた。

再婚相手の義父となる男性も忙しかったようで、小学高低学年にして家で一人で留守番する日が多かった。

夜になると周りの家の灯りがつき、笑い声が聞こえる中、彼女は一人でおもちゃで遊んでいた。

寂しくて、母親のハイヒールを履いたりもしていた。

彼女が寝静まる頃、母親、父親は帰ってくる。

しかし、毎晩、毎晩、灰皿が飛んでくるほどの夫婦喧嘩が絶えなかったようで、怒号、罵声を日々聞きながら彼女は怯えていました。

母親は水商売、父親は接待で帰りが遅く、両親とも毎晩酔っ払って帰ってくるような家庭環境だったようです。(これがトラウマとなり、嘔吐恐怖症、お酒嫌いになったのではないか。)

朝になると、自分で支度をし、母親を起こさないように家を出る。

こんな日常が続いたある日、母親は新しい男性の助言もあり娘と昼逃げするのであった。

その男性が3人目の義父となる・・・。

彼女は、母親が恐かったのか、迷惑をかけたくなかったのか、小学生の頃から母親に対して、「お腹痛い」、「頭が痛い」とすら言えず、それよりも嫌われたらどうしよう、捨てられたらどうしようと考えていたようです。

寂しさ、孤独を押し殺し、いい子を演じていたのもあってか、親子喧嘩は一度もしたことがないという。

彼女から一番多く聞かされるのが、この幼少期の話で相当根深いものなんだと思います。

彼女の心がずっと満たされないまま現在に至るので、母親との微妙な関係が今の彼女を作り上げてしまったのではないかと僕は考えています。

よく「私がいなきゃ母親は幸せなのに」、「私なんか何で産んだのか」・・・彼女はよく言います。

彼女は自分で「私はマザコン」ともよく言ってます。

現在、彼女はこの幼少期の過去も含め、カウンセリングを受けています。

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