カウンセリング-10回目-




10回目のカウンセリングに行ってきました。

今回話した内容は、

・猫の事
・彼氏の子供の事、元嫁の事

彼女:「先生に嬉しい報告があります。私の責任で子猫を飼い始めました。」

先生:「そうですかぁ。生活は変わりましたか?」

彼女:「子猫の事を第一に考えるようになりました。ご飯あるかなぁとか。餌を上げたり、じゃれ合ったり、中途覚醒も苦じゃなくなりました。個人的には、アニマルセラピーという言葉があるくらいなので、良い事だと思っています。」

先生:「そうなんですかぁ。毎日楽しくなって良かったですね。」

彼女:「毎日、外出しない事への罪悪感や一人ぼっちではない孤独感、寂しさも紛れた。子猫を通して家族との会話も増えました。日々、充実感があります。」

先生:「充実感とはどういう事ですか?」

彼女:「必要とされている。求められている自分の価値、この猫は私がいないと死んじゃうから、それを通して私の価値、存在理由がある。無償の愛というか、そういうものを感じます。一方的な愛情表現。今までは、愛される事とか、何かをして対価を得るとか、仕事においても男性においても。。そういうものがなくただ愛おしいという存在ができて日々充実しています。」

先生:「本当に良い事だけですか?」

彼女:え?良い事以外に何があるんだよ。何言ってんだこいつ。(心の声)

彼女:「強いて言えば、寂しい気持ちを子猫で埋めていることなのかなぁ。」

先生:「そうなんですね。」

彼女:「後は、猫に対して独占欲も生まれるし、他の人に触らせたくない。私だけのものとか猫に依存してしまいそうで恐いところもあります。」

先生:「なるほど。これから大きくなっていくのが楽しみですね。みみさんにとって心の安定やそういう充実感や必要とされたい気持ちが強いのですね。結局のところみみさんは、他人から必要とされる事とか、存在価値とか、とてもとても気にされるんですね。何のために自分がそこにいるのか、拒絶されるのが恐いとか、自分の価値を気になるんですね。それは一つの課題で、そういう考え方とか思考とかが生きずらさの一つの原因だと思います。」

この次は、彼氏との馴れ初めを話した。

彼女:「もともと同じ職場で、数年後再会して、仕事している時は結婚していたけど、その時には訳あって離婚していて、私は実家に帰ってきて精神的にも弱ってる状態で、ふと連絡したくなって再会しました。お互い結婚願望がないというところが共通点で、付き合う事になりました。でも、私は付き合っていく中で、彼と結婚したいと思うようになりました。彼の気持ちは変わらず、今もそのまんまです。」

彼女:「で、彼には奥さんの方にお子さんが一人います。親権は奥さんが持っています。2週間に1回程度お子さんを見る日があります。私は、付き合う前から彼が子供がいる事も知っていたし、そういう状況だという事も分かった上で、付き合い始めましたが、どうしても受け入れきれない自分がいます。」

彼女:「その受け入れられない事が、とても苦しくて辛くて彼にもそれが原因でひどい事を言ってしまったり、喧嘩になったり、堂々巡りです。子供の立場になって考えた時、自分の境遇も踏まえて父親との何でもいいから些細な事でも交わる事の重要さも分かるし、そのお父さんがいない寂しさも分かるので、子供の立場としては理解できます。彼の立場としても、父親との責任だったり、子供に会いたいとかそういう気持ちも理解できます。元奥さんに対しても、たまにはのんびりしたいとか、一人の時間がほしいとか子供から少し解放されたいとか、母の姿を見てきているので、育児から休みたい、気持ちも分かります。それぞれの立場になると理解できるのに、それが3つ重なると受け入れられない。」

先生:「んー、みみさんの立場はどこにあるんですか?その彼の彼女としての立場はどこにあるんですか?子供がいて子守がいる彼と付き合っている女性としての立場はどこにあるんですか?」

彼女:私は何も答えられなかった。今まで考えた事がなかった。(心の声)

先生:「なぜ自分の立場は考えられないのか、その自分の立場を考える事、第三者の立場になって考える事を自分を大切にするという事に繋がるのではないのですか?」

彼女:「今は考えられないので、その傷は猫で癒します。」

ここから僕の感想です。

彼女は、僕と彼女の母親の話を聞いていた。彼女の口から「一方的な愛情表現、無償の愛、愛される事を求めるよりも愛する。」という言葉がでているが、これは彼女の母親の言葉で、「愛とは求めるものではなく与えるもの」と一対一で話した時に彼女の母親は言っていた。

僕自身もこの言葉は目から鱗というか、ちょっと胸に響きました。彼女ももしかしたら僕と同じ風に思っているかも。たしかに彼女は愛を求めてばかりでした。だから彼女が子猫に愛を与えている姿は僕が今まで見た事ない彼女の姿だった。

最後に、「みみさんの立場はどこにあるんですか?」という先生の問い。僕はここだけが引っかかっていて、言っている意味が分からなくもないけど、彼女は第三者の立場としては考えてなかったのかもしれないが、自分の立場として意見を僕にいろいろ主張している。だから第三者の立場でも、自分の立場でもどちらでもいいが、彼女の気持ちは分かるし、言いたい事、思いは伝わっている。どちらの立場でも結局答えは一緒というかなんというか。。嫌なものは嫌だというか。。

意味は分かる。第三者の立場で考える事は大事である。彼女は俯瞰的に見ていなかったのかもしれない。彼女の過去を振り返ると、第三者の立場で見ていればもっと自分を大切にできただろうなという出来事は数多くある。それが自分を大切にすること。これも目から鱗で、たしかにと思った。

ただ第三者の立場になって考えれば、それが全て正解なのかと言ったらそうではないと思う。

全部正解できれば人生楽である。。。

今回で10回目のカウンセリングとなりましたが、今のところカウンセリングは彼女にとって良い刺激になってると思う。色々ベラベラ感想を述べましたが、なんだかんだまだ続ける価値はあると思っています。


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